現在の服薬管理

medisafeというアプリが便利です

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www.medisafeapp.com

服薬を忘れます。

調子が悪くなって気がつくのですが、後の祭りです。

いろいろと調べて、以前はappleのリマインダーアプリを使っていたのですが、どうもバグが出て使いにくかったのです。けれども、なんとなくシンプルでちょうどいいものがなかったから使っていました。

ところが最近調べてみたら、この「medisafe」アプリを見つけました。

いまのところめっちゃくちゃ便利です。

androidの人の方が見た目や仕様がきれいで、また日本語がたまに不自然ですが、私(iPhoneユーザー)には問題なく使えます。

※旅行をきっかけにiPhoneに戻したら結局ずるずるiPhoneな現在…

うれしい機能

・全ての薬を登録できること(頓服も含む)

・リマインダーがめちゃくちゃしつこいこと

スヌーズ機能があること

・のみ飛ばす場合、理由を記録できること

・ピルの休薬等の飲み方にも対応していること

・簡易な服薬レポートがあること(これはもうちょっと視覚的に見えると気持ちいい)

・診察予約が登録でき、Google/Appleのカレンダー対応(つまりどちらかに対応しているカレンダーアプリにも反映されるということなのだ!)

残薬がいくつになったら、リマインダーを出すか決められること

 え、めっちゃすごいのでは???

すごいよい…

シンプルなものが良い場合はもう少し機能をしぼったものがあるかもしれませんが、見た目がきれいでべたべたしていなくてこの機能。バグがない。

私にはすごく重宝です。

現物はがさっと管理

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現物はポリプロピレンケースにがさっと入れています。

塗り薬や頓服なども一緒に入れています。

薬箱で、見えないようにはしていますが、すぐに取れるようにもなっていて、見た目にうるさくなく、けれども面倒でない、という状態にするようにしています。

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また、3日分は何かあった時のため、急な外食等の対応に、必ず持ち歩くようにしています。無印のピルケースです。

www.muji.net

私のものはこれですが、クリームケースなどいろいろ選べてシンプル。

無印はいいぞ〜。

あとはそれなりに生きれればヨシとする

そして、ここまでやっても「うん?体が不器用…あ、薬忘れてた」となるのが人間です。どこまでやってもエラーは起こります。

まあ、それなりに生きてれば、ヨシ。

(生きてりゃいいけど、飲み忘れたら基本的には薬によって、時間によって、その場で飲むのか、どうするのか、変わると思うので、薬剤師さんに相談しましょう)

 

そのあたりの「塩梅」は、薬剤師さん・お医者さんなどに相談して、いろいろ工夫できるといいかなと思います。絶対規定を守らないと危ないものもありますし、プロはいろいろな工夫を知っていたり、できたり、何か対策をしてくれることもあるので、あまり一人で抱えない方がよいです。

 

とりあえず、これは私が私の担当の医療者のひとと相談してやっているやり方なので、各自で医療者に相談しましょうね。

 

不登校の一歩手前の話

小学校高学年から高校生にかけて、一番「学校」が、「家」が、「地元」が、とてもとてもしんどかった。

 

小学生のころは、自覚はなかった。

気づいたら円形脱毛ができていて、「原因はストレス」だ、と「家庭の医学」で調べた母が知り、辛そうにしていた。

わたしは自覚がないので、ぜんぜんよくわかっていなくて、でも「このままはげちゃったら、すごくすごく、いやだなあ」と思っていた。

 

中学生になって、どんどん周りが大人びて、やっぱりわたしはついていくことができなくて、少しづつ、しんどい気持ちが出てきた。

「辛い」とか「しんどい」とは、はっきり自覚して思えていなかったように思い出す。

癇癪が徐々にひどく、頻繁になっていった。

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それまでも、おそらく発達障害の影響か、たぶん、だが、家で癇癪を起こすことは、一般的な子どもに比べて多かったように振り返る。

少なくとも三ヶ月に一度は大きな癇癪を起こしていたし、おそらくいろいろがしんどい時には、毎日のように癇癪を起こすような子どもだった。

それは、20歳を過ぎても続いていたし、今だってメルトダウンを起こす。

 

癇癪のわたしは泣きわめき、周囲のものを壊すし、自分を傷つける。

母はそれにどんどん疲れてしまって、中学生以降くらいは、だんだんカウンターのように癇癪のようなものを起こすようになっていたし、その過程で虐待に近いようなことをされたのも、今はぼんやり覚えている。ちょっとトラウマになっているし、そのあたりの影響もあって今でもわたしは「家族だって私を助けてはくれないし、みんな、私に”死ぬなら一人で誰の迷惑にもならずに死ね”と思っているから、そうしなければならない」と思っている。母にも私にも、もっと前に支援が必要だったのだろう。

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それでも、中学一年生の頃は、小学校の頃から「そういうわたし」を知っていて、ふつうに接してくれるような子と同じクラスになっており、運良く、なんとかやっていたように思う。

morikanoko.hatenablog.com

二年生になって、クラスが変わって、そういう子と、クラスがわかれた。

先生もクラスの子も、ちょっとわたしとはタイプの違うような子、わたしのことをあまり知らない子が多くなって、わたしはそこになじめなくて、ほとんどいつも、隣のクラスに逃げ込んでは遊んでもらっていた。そんなことをしているから、余計に「グループ」みたいなものからアウトサイダーになって、ふわふわ浮いていた。

幸いに勉強だけはできたから、授業は受けることができた。

授業中は、先生と友達、のような感じで、先生に、話しかけてばかりいた。

 

そうやっているうちにどうしてか学校に行こうとすると足が止まってしまって、根っこが生えるようになった。

 

明確に理由はわからなくて、本当に理由がなかったんだと思う。

みんなの成長についていけなかった。

感覚が過敏だった。

体育のダンスができない。

仲間はずれにされた。

先生が矛盾することを言う。

あえていうなら、そういうことの積み重ねのようなものかもしれないけれど、とにかく事実は「行けない」「こわい」というそれだけ。

 

とにかく根っこが生えてしまったのだから、ただそれだけの話だ。

はじめのうちは行こうとしたし、無理に行って、学校の門の手前で固まっていたりした。学校に行ったものの、途中でこそこそ逃げ出したり。

そのうち、親にやいやいと「早く行け」といったことを、言われるのがいやになって、親への反抗のようなものもあいまって、学校に行くふりをして、親が会社に行くまで近くに隠れていたりするようになった(近所の人にすぐにばれるし、当然がっこうにもばれるので、親にもばれる)。

結局家から出られなくなって泣きわめき、親も泣いた。

親も嫌気がさしてしまって、「自分で電話しなさい」と言われて、毎日泣きながら「行きたくないので行きません」と、学校に電話した。

そういうことを週に何度かやっていて、だんだんそういうふうになった。

 

ただ決定的に長期欠席とまではいかず、そういうことをずるずる繰り返しているうちに、なんでだか学校に行くようになっていた。

 

学校に行っても、相談室でスクールカウンセラーの先生のところで、じっとしているだけのこともあったし、体育なんてほとんど出ていない。

 

どうして決定的に不登校にならなかったのか、本当にわからないけれど、推測するに、カウンセラーの先生と、図書館司書の先生、学年の子のやわらかさ、生徒に対して謝れるやわらかさのある教科の先生、そういうことが全部うまく影響してくれたのだろうと思う。

スクールカウンセラーの先生と一緒に歩いて下校したこともいっぱいあるし、図書館司書の先生のところで授業をさぼったり、こっそりお菓子をもらったこともある、間違っていることに対して癇癪を起こした私に、きちんと謝ってくれた教科の先生も、ああ信じられると思えたし、あまり学校に来なくても、へんに特別扱いしないで迎えてくれた学年の子(合う合わないはあっても、みんなそういうやわらかさをもっていた。とても運がいい。)。

 

そうやってやわらかさにすくわれて、なんとかかんとか中学校を卒業した。

 

高校は、「自分で選んだから」、きちんと行った。

そういう契約を、学校としたのだ、というような認識をするようにして、やっていた。

高校でもやわらかい子や先生に恵まれて、教科によっては「さぼってもいいよ、ただし成績は2」とか許可をもらったり、なんだりかんだり、とにかくなんとかやっていた。

 

それでも、結局はやっぱりいなかの閉鎖的で「ふつうの女の子」が求められるなかで、わたしはとても苦しくて、進学の動機は「勉強が好き」ということのほかに「ここから今すぐ逃げ出したい」だった。

 

あんなによくしてもらった小中高の友人たちと、今はほぼ全員、音信不通だ。

それでもあの子たちが、わたしは好きだ。

救われたと思う。

 

大人になっても、まあ、なんとかかんとか、どん底に落ちたりとか、しながら、なんとかかんとかやっていく。

やっていくからね、大人になると、地元も悪くないと思えて、ちゃんと外を歩けるし、時々笑ってるからね。

 

本当に運が良かっただけなのだけれど、そういうお話。

合理的配慮や権利というものについて

これは、2018-04-28日の記事に加筆修正したものであり、今現在書けることです。

うまくかけているのかわかりません。これからも考えつづけることです。

合理的配慮は権利です

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合理的配慮とは

資料3:合理的配慮について:文部科学省

h-navi.jp

ふたつのページを参照しました。

合理的配慮とは、社会モデル的に障害のあるひと(いわゆる障害者手帳所持者に限らない)に対し、「必要かつ適当」な範囲で、本人が必要とする配慮を行うことです。障害者本人は、合理的配慮を受ける権利があります。

詳しくはリンクを参照ください。

そして、学校や会社といった周囲・社会は、その合理的配慮を行う義務を負います。

ただし、これは行政の場合は絶対ですが、その他の民間の機関については努力義務であり、過度な負担が生じる場合は「障害者本人に理由を説明すれば」、配慮を断ることができます。

 

合理的配慮を受ける人は、何らかの義務を負う、という記述は、ありません。

 

権利と義務って?

「権利を行使するなら義務を果たせ」

どこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。

これは間違いです。

例えば、教育を受ける権利。

これに付随する義務は、「勉強する義務」ではありません。「教育機関や保護者が教育を受けさせる義務」です。

 

つまり・・・

 

「権利」は、それだけで「本人にあり」ます。

「代償となる義務」は生じないのです。

 

例えば、(発達)障害でいうなら?

「障害者(発達障害者)は配慮を求める際に、健常者(定型発達者)に配慮しろ」

「配慮を受けるなら、その配慮を他の人も受けられるように掛け合うのが代償だ」

「権利を主張するのはかまってちゃんだ、みんな辛いんだから」

 と、こんな感じでしょうか。

これが、「権利と義務」「合理的配慮」を履き違えているものです。

 

例えば音がつらい(聴覚過敏)という状態に対して、学校や会社で耳栓の使用を求める際に、「他にも辛い人がいるかもしれないので、全員に認めてもらえませんか」と掛け合う必要はない、ということです(自分でやる分には構いませんが、配慮を受ける人間の義務では、ありません)。「他の辛い人」の配慮をする義務は、配慮される側ではなく、配慮する側、つまり「学校や会社」にあります

 

※ただし、「配慮される側」は、いつでもどんな時でも配慮される側だ、と言うわけではなく、時には「配慮の義務を負う側」になることもあります。が、それは「対になっているのではなく、場面の違い」です。

 

また、「大変申し訳ありません、私の障害のせいで、みなさんごめんなさい」と、必要以上に縮こまる必要もない、ということです。

 

堂々と配慮を受けて構わない、ということです。

 

「合理的配慮に付随する義務って、あるの?」

ありません。

必死の思いで、ただただ普通に生きるために配慮を受けている人、ひとり、に、代償として義務を課すのは酷ではないでしょうか。 あまりに不平等がすぎるのではないでしょうか。それは、社会全体に課されるべきではないでしょうか。

 

無意識に享受しているもの

よくある例え話ですが、例えば多数派が手話で話す人だったら、社会はどういうかたちになるでしょう。例えば多数派が車椅子ユーザーなら?

 

無意識に「現在の多数派」は、「多数派ナイズされた」「多数派仕様になった」社会を生きるという便利さを享受しているのです。

 

それを自覚しなくていいということは幸せです。

それを享受するなということではありません。

それを「全員が享受できる社会を作ることを、多数派の人も一緒におこなってください」。

それが、「基本的人権の尊重」とか、そういうことなのではないでしょうか。

わからないのだけれど、たぶん、いまのところ。

それを勝ち取り続けたいのです。

よろしくお願いします。

 

morikanoko.hatenablog.com

 

みなは笑顔で「ふつうに」生きられますように

必要とする人が(もちろん診断や手帳の有無は問いません)、必要な配慮を適切に受けて、みんなが楽に、必要なところで、頑張りたい場面で、頑張れる、頑張れない場面では、ちょっとラクになれる社会が来ることを願っています。