pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

どうするのが一番いいのか

先生も悩んでいる

 心理士さんの異動のことです。

morikanoko.hatenablog.com

 結局、どうするにしても、今より私の負担は増えるのですが、どうするのが一番いいのか。心理士さんは考えてくれていたようで、新しい提案を受けました。

 

けれど、私は、新たな不確定・また、心理士さんが変わるかもしれないという状況・私のせいで心理士さんを困らせているという状況に挟まれて、すぐに混乱しました。

 

とりあえず、それを見て「今まで通り、基本は僕が診る方向で進めましょう」と心理士さんは言いました。

 

私は、「ああ、迷惑をかけているなあ」「私のわがままのせいだなあ」と、なんだか悩んでいる今日このごろです。

 

とりあえずそんな記録をしておきます。

 

もう少しで、今の状況ともお別れで、新しい局面がやってきます。

どうなるかなー。

 

 

わわわアールブリュット 東京コレクション

今夏・わわわ東京展が行われます

絵でお世話になっている「わわわアールブリュット」の展示会が、この夏東京で行われます。

私や、お友達の如月さん、そのほかわわわで活動する作家の作品が展示されます。

ご都合が合いましたら、ぜひ御覧ください。

今から、わたしは楽しみです。

 

【会期】

7月28日(金)13:00ー19:00

  29日(土)11:00−19:00

  30日(日)11:00ー19:00

  31日(月)11:00ー17:00

 

 

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■ わわわ学園 - わわわアールブリュットの ページ!

こちらのリンクより「トピックス」のページにて、詳細をご覧いただけます。

いちにちを図にしてみる

安定しているね、いい感じだね

診察と、カウンセリングがありました。

そこで、言われた言葉(見出し)です。

そして、これは何度か言われたことですが、

「もりさんは仕事をしているほうが安定するな〜」

ほほう。

前も言われたな。

ということでふと思い立ち、図を作ってみました。

 

もりの1日

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「過ごす内容が決まっている」こと

これは自閉症の人が苦手なこととして言われますが、わたしも「何もしない時間が苦手」です。

あまり自覚は無かったのですが、このたび思い返すと、たしかにそわそわしているし、あいまいな時間・何をするか決めかねるような時間に居心地の悪さを感じます。

飲み会の後のぐだぐだした時間なんてまさにそれで、ついついサッと帰ってしまうし、「ふらっとどこかへ」みたいな時間の使い方ができません。

そうやってひとと関係を深めていくことに憧れはあるのですが、どうしても、なにか目的が決まっていないと落ち着きません。

そういうことも、「仕事をしていたほうがおちつく」要因になっているのでしょう。

休息とのバランス

ただし、わたしはバリバリフルタイムで仕事をしているわけではありません。むしろ短い時間しか働けていません。

私が外に出るとき、わたしは「ハイパーアンテナモード」です。

 こんな感じ(過去記事リンク)で、非常に疲れます。

morikanoko.hatenablog.com

 

そのため、ある程度配慮をいただいて、時間もセーブして外に出ています。

また、やりたいことが充分にできることも、私の安定には重要です。

休日もきちんと休みます。

通院もして医師や心理士に状態を診てもらい、今の私の状態で、「ちょうどいいバランス」を見極めているのです。

今後、このバランスは変化することも大いにありうるでしょう。

 

体力とお金の土台がとっっても大事!

さて、最後ですが、とても大切だと思ったことです。

まず「体力」です。

発達障害者は疲れやすい傾向のひとが多いので、、これはつらいところですが、やはりある程度の体力があることというのは、満足に生活する上で非常に重要だな、と感じました。

私が安定した生活をするためにまず行ったのは「治療」であり。それは、「心身の体力をととのえる」ことになります。

これができないと、やりたいことも、付随してやるべきことも、満足にできなくて、ストレスがたまり、それが余計に体力を削り・・・。

うまく、今ある体力と、やりたいことをバランスできるようにしていくのが、けっこう大変です。

もちろん、いちにちにやること、一年にやること、うまくバランスを「今の自分」と整えられれば、もりもり体力がある必要はないかもしれませんが、やはり、私にとっては、ある程度ほしいものだな、と思いました。体力、もう少しつけたいところです。

 

次に、「お金」

これがないと、どうにもこうにも、現代、どうしようもありません。

「以上」!

 

わたしは働けていますが、充分ではないこと、また、安定した収入があることで、きちんと自分の体を大事にできるようになることなど、理由があって、(将来的にどうなるかはわかりませんが)現在は障害年金をいただくことで、安定をはかっています。

 

・・・「ある程度」と濁してしまいますが、やはり、「ある程度」は、安定した収入がないと、心身に悪影響です。

お金にしても、体力にしても、支援制度はあることはあるのですが。

諸制度が、必要な人に、きちんと、情報および制度そのものが、ゆきわたりますように。

雑感の記録

最近考えている、「自閉症」って何だろうということ。

 

「まとめ上げる、すなわちりんかくを作る=(表裏で)いらないものを捨てる」ということの苦手さ、ないしはできなさ

 

という視点で、いろいろな「結果的に起こる症状・特性」を説明できないか、ということ。

 

感覚の過敏・鈍麻(特異性)

感覚の過敏性は、どちらかというと「特異性」といったほうがしっくり来る気がしている。「結果的に過敏の状態」というわけであって、実態は、細かい情報がまとめ上げられることなく(つまり、余計なものを捨てずに…聴覚過敏でよく言われる『カクテルパーティ効果」のなさ)いちどにその人をおそってくる、という状態になっているのではないか。

そして、鈍麻は、身体感覚の薄さのほうで説明できそうだ(★)。

身体感覚の薄さ

「まとめ上げる」ことができなければ、世の中のものものの輪郭をきちんと作る・区分けして「ある・モノ」として理解することは難しいだろう。

そして、自分の体も把握しづらく、ふわふわとしてしまう。これでは、怪我をしても、痛くても、それを「自分の痛み」として把握することは難しい。これが「感覚の鈍麻」というあらわれになるのではないか(★)。

また、「みえないものはなく」なるだろう。時々当事者のいう「モノと一体化してしまう」というのも、自分の輪郭やモノの輪郭が定まっていないのであれば、納得がいく。

コミュニケーションの障害(?)

これは、単に多数派からみたらそう見える、というだけのことのようには思えるが、自閉症の特性としてとりあえずはじめのうちに大きく出てきたものなので説明してみよう。

まず、おそらくヒトは「前提としての知識や感覚」が、八割がた、自分と他社は同じであろう、と信じられなければ、うまくコミュニケーションがとれない・とりにくいものなのだろう。おそらく。

ものごとを大きく捉える(くくる・グループ化する=りんかくをつくる)ことが苦手(前述)な自閉症者は、どうもそりゃあコミュニケーションは苦手だろう、外したことも言動してしまうだろう、という感じはする。

 

ただし、これについては、「ひととひととは異なる」ということを、もう少し多数派の人々に自覚してもらいたい、と思っており、なんだかうまく考えられない。

多数派のひとというのは、たまたま「みんなとわたしはにている」状態を享受できているだけなのである。それが悪いとは思わないし、それはそれで配慮するべき特性、とも言えなくはないが、少数派のひとびとが、それに必死で合わせているから、そういういことを享受しているのだということは、少しは考えてもいいのではないか、あぐらをかくのはどうなのか、という気がする。

 

その他

その他不器用さや社会性・ことばの遅れといったものも、やはり、きちんと輪郭をつくっておおまかに世界を分割して、だいたい「ふつうに」世界認識ができなければ、それは難しいだろう。

その他の特性も説明してみたいので、何かあったら、コメント等いただけると助かります。

 

発達障害を知ることは、にんげんってすごいなあ、こんなことを自動で行うのか、ということを学ぶことになる。とてもおもしろい。ふしぎだなあ。 

 

指示での混乱のこと

仕事やタスクの指示・伝達について

今日、ちょっと忙しくて頭がわーっとなることがあったので、書いてみました。

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とてもかんたんなシートでしかなく、また、あくまでももりの場合ですが、こんな人もいるんだよー、頑張って働きたいんだよ、役立たずは嫌なんだよ、ってことを、伝えたいと思いました。

双方、わかりやすいほうが、メリットがあります。

もちろん、ぱっと言われて全部できる人がすごいのはわかりますが、それを全員に課すのは仕事としてリスクが高いのではないかと思います。安全側をある程度とることも、良い仕事には必要ではないかな、と私は思うのですが、いかがでしょうか。

 

(作っていて、聴覚優位の人は、どんな方法がわかりやすいのか、ちょっと気になりました。)

 

「明るい元気なテキパキもりちゃん」

自閉症現象学」の一部引用

仮面をかぶる。発達障害をもつ一部の女性は、一見、対人関係にぎこちなさが見られないことがある。むしろ社交的で、対人関係のスキルに恵まれているように見える。ところが実は、本人は対人関係を持つということ自体に非常に大きなストレスを感じている場合がある(成長の過程で、環境に問題を抱えていることが多いようだ)。

(略)

この快活なキャラクターはしかし本人ではなく仮面であり、そうやって表面的に社交的になることで、背後に隠れている人付き合いの苦手な「本当の自分」は大きなストレスを抱えたままである場合がある。

(略) 

ドナ・ウィリアムズがカウンセリングで自分のことを「あなた」と呼びかけながら語るのは、示唆的である(Williams,1992,二四一頁)。

(略)

自閉症の戦略としての疑似多重人格の場合、副人格はあくまで仮のキャラクターであって、本人の感情の一部・断片をなしているわけではない。

 

(『自閉症現象学』p176~178 部分)

 先日読んだ『自閉症現象学』の部分を引用しました。

他にも面白いところはありましたが、ふと「ああ、そうだなあ」と思い浮かんだ部分を記事にしてみます。

 

「明るい元気なテキパキもりちゃん」のわたし

わたしは、外では、そういう人格です(そう思われているという意味ではない)。

「外モード」とか、「スーパーアンテナモード」なんて呼ぶこともあります。空気を読む代わりに状況をすべて脳に取り入れて判断処理をして、自分を操縦しています。

この人格は、ウルトラマンじゃないけれど、持ちが悪く、とりあえず今は仕事の時間をこれで乗り切っていますが、もとに戻ると消耗しています。ときどき、外でもそういう「すてきな普通なわたし」をうまく保つことができません。

これは、私の疲れやすさ、引きこもりがちになる原因のひとつでしょう。

 

いわゆる「多重人格」とは異なる

これは、いわゆる多重人格、解離性同一性障害とは異なります。演じている、きぐるみをかぶっている、という状態に近いものです。

それはそれで、部分的には、なりたい姿でもあるので、常に苦しいわけではないのですが、疲れはします。けれど、本来の自分で戦うよりは、ずっと楽かもしれません。

まさに「戦略としての」ものです。

 

ふつうのひとにもあることだけれど

だからといってどうしてほしいわけでもないのですし、程度の差はあれ誰もがきっとこういう「演技」「外の自分」をもっているものだろうとも思います。ただ、その根本にあるものが異なること、そして、それを自然にやってのけて、うまく世間に馴染んで「普通に外の自分を作りながらも、ストレスをいなしつつ、それなりに生きる」というようなことができるのか、そこからはみ出してしまうのか、ということの差はあるでしょう。

まあ、疲れている様子の場合、ほおっておいてもらえるのが助かります。

 これを記述したからといって何か訴えたいことがあるわけでもなし、「本来の自分(?)」なるものを出したい、と思うかというとそういうわけでもない気もするし、どうしたいのかはわかりませんが、興味深い本と、自分との交わりとして、記録しておきます。

 

 

こんなふうに記事を書いているということじたいが、わたしが少し疲れているということかもしれないなといま、思い至りました。ぼちぼちいきます。

「自閉症の現象学」読了

やっと読み終わり

自閉症現象学」という本を読み終わりました。

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先日、「深めてみては」と言われて、途中で投げ出していた本を再び(途中からですが)読みました。

 先日:過去記事

morikanoko.hatenablog.com

 

むずかしい本で、読み飛ばしながらひととおり、という感じでしたが、面白く読めました。

なんとなく、常同行動の章について、先回の記事で示したようなことと頭の中でつなげることができて、「なるほど、なるほど」と思いながら読めました。

思考の仕方や発達の道筋について、ああ、なるほどまさにそんな感じだなあ、と思います。

私の常同行動的な思索遊びについて、ぼちぼち感じながら読むこともできました。私のそういうものは、研究とは少しずれていて、どちらかというと常同行動的なものだなあという感じを受けました。

 

最近、長い時間本に集中できないのですが、またちまちまと読み返していこうと思います。

 

うまく言葉がまとまりませんが、記録まで