ペンディングのできなさとコントロール不全

ある日の記録

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詳細は書きませんがこんな感じでした。

以前の記事でも何度か病院で、公共の場で、職場で、家庭で、パニックになったり、癇癪を起こしていることは書いていますが、今回はこんな感じです。

ペンデング(一時保存?)ができない

なんというのか、私はどうも記憶力は悪くないと思うのですが、「ペンディング」がほぼできません。すぐやる、すぐ買う、じゃないと、気持ち悪くてしんどくて気が狂いそうになるのです。

それが何個か集まったり、大きなものだと、頭の中が焦げ付いたような感じがして、ほんとうに気が狂ったように「(やわらかく言うと)わーっと」なってしまいます。

「わーっと」の詳細は本当に情けなくて恥ずかしくて申し訳なくて・・・と言う感じですが、イラストでお察しください。

大きな見えるパニック

発達障害のおとなとインターネットで交流したり、また通院先にも何人かはいるはずなのですが、ここまで盛大にかんしゃく、パニック、メルトダウンするおとなを知りません。みたことがありません。とてもつらい・・・(パニックの種類としては見えないタイプのフリーズ系もありますが、私の場合その場ではそれに気がつきません。そういうのもつらいし、気づきつつ固まるのもつらい、それも理解はしているのですが。)

自分をおさめようとがんばっているつもりです。どうしてなんだろうなあ。わがままを通したいわけじゃない、と思いたいです。そうじゃないんです、我慢したいんです。

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落ち着いてから、受付のスタッフさんにメモを見せて帰りました。

ほんとうに出禁にならないのが奇跡なのでは・・・本当に申し訳なさしかないです。

 

なぜか私の周りの人はわりと無視してくれるのでありがたいです。

「なんで泣いてるの?」とか、言い立てられるのは、つらい

でも、迷惑行為や自傷他害に関しては毅然と対応すべきですし、また、わがままの言いなりになる必要もないです。そこは勘違いしてほしくないところです。

 

むきあう

一週間、怖くて不安でたまらなかった。

 

地震のことではなかった。

 

絵のことだった。

教室のことだった。

 

教室で、いくつか指摘を受けたことについて、ずっと気にしていたことがあった。

 

「わかっている?」「わからなかったら質問してね」「聞いてる?」

と何回も言われた。

メモを取れていなかった。

 

その指摘について、頭がぐるぐるしていた。

 

どうやらわたしは自分で自分をみている以上に、「即時での音声言語や態度での表出」がうまくないらしく、固まってしまうのだった。

言葉の辞書的な意味は理解できているのに、それを「そのまま記憶する」ことはできても、「自分のものとして理解する」ことがうまくできない。

だから、「わかっているのか、わからないのか」すら答えられないのだった。

 

そういうことをぐるぐる考えて、しまいには、

 

自分は教室に行くのは向いていないのではないか(マイルドに言うと)、とまで思ってしまった。

でも、絵を続けたかった、教室に行きたかった。

 

つぶやいて「しまった」。

 

 

つぶやくことができた。

 

お友達に「伝えた方がいいよ」とすこし、背中を押してもらった。

 

 

連絡をした。

 

返事をみるのが怖かった。

怒られるのではないか、私の態度は悪いのではないか、支援ばかりを求めるように思われるのではないか。

 

土曜日の最後に、なにげなくメールチェックをしてしまった。

 

安心する内容だった。

 

 

絵の課題と生活の課題は、みごとなまでに繋がっている。

今までもそう思ったけれど、今回とても実感した。

 

焦ってていねいさを失わないこと。

全体の見えない不安と焦りに飲み込まれないこと。

思い込みでひとりぼっちになろうとしないこと。

理解を飲み込むだけでなく、自分のものにすること。

人と関わること。

伝えること。

世界への不安と向き合うこと。安心すること。

 

 

まだまだきっとあるんだろうなあ。

課題がいっぱいだ。

 

ぼちぼち、なめくじのようなあゆみでも、ていねいに。

絵に向き合い自分の人生に向き合おうと思った。

 

いっぽ、泥水の中の足を踏み出して進めたような、教室からのきょうまでだった。

行きつ戻りつするんだろうけどなあ。

そういうものなんだろう。

仕方ないよなあ。仕方ない。

ていねいに、返し縫いを繰り返すしかないかな、しょうがないよなあ。

 

防災のためのカバンの中身

あわや帰宅難民

あーとの教室の帰り、和歌山駅から大阪へいく電車に乗ろうとした時、

大阪北部で地震が起きました。

 

その後全ての鉄道が止まってしまい、午前中に帰れるはずが、夕方の帰宅となりました(それでもかなり早く帰れたのだと思います)。

 

けっこう怖い思いをしました。

 

如月さんやあおさんが一緒に対処してくれ、如月さんはもう一度私に付き合って色々な人に帰る方法を聞いて、時間を過ごしてくれました。私だけならJRの駅で待ち続け、そのうち泣き出したり怒り出したりしていたでしょう(その寸前でした)。私は窓口の人に聞くこともうまくできずに、ほぼ如月さんがすらすら聞いてくれました(彼女は彼女で「火事場の馬鹿力」なのでしょうけれども)。

 

とても嫌なのですが、特にこういうとき、予想外のときや困り果てた時。一歩間違えれば、私は自分が「悪質な急に泣き出し無理なことを言う困ったクレーマー」になりうる、その可能性は高い、という自覚があります。

 

いつも余分に薬を持つようにはしていたものの、そのまま帰れなかったら必要な分が足りなくなりそうでとても心配でした。

 

・・・そういうわけで、とりあえずできることをしました。

もしもの時の持ち物として

できるだけ小さくまとめつつ、必要なものは持ち歩くようにしました。

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薬の入れ方を変えました。

1日分ずつを2日分と、頓服その他を別々に。

そこに、ヘルプカード等も。

また、落ち着くのに助かった飴も。

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小さいバインダー(マルマンのミニサイズ)に、コミュニケーションカードを印刷してはさみました。書けるスペースとペンも。

 

そのほか、

イヤーマフ(アナウンスを聞きすぎてあたまはわんわんするし、不安は増大します)

・めがね(コンタクトを持ってるよりは安全側)

・モバイルバッテリー

も、「いつも持つもの」に追加しました。

できれば充電器を買って、持って起きたいと思っています。

今回、充電できるカフェや座席で充電できたことがとても大きかったからです。

 

小さいカバンで移動したいときは、薬と財布を入れて、そのほかは別のトートにでも入れておけばよいでしょう。

 

クレーマーにならないために

無理だとわかっているのに泣いたり怒ったりしてしまう、そういう状況をできるだけ避けるために、考えました。

 

・ヘルプマーク 等の携帯(普段は役に立たなくても、表示しておくことで、いざという時役にたつかも)

・支援者との繋がりを切らさない

・安心できる人、助け合える人と繋がっておく、切らさない(できる範囲で)

・やりたい時に、やりたいことで、世界を広げておく。イレギュラーの心構えをつけておく(不安になりすぎないように)。

・「大丈夫だった」「だめでもなんとかなった」経験を積んでおく

 

今回、周囲の人に助けてもらって、考えたのがこのあたりです。

ほんの一ミリずつの積み重ねで、けっこう違ってくると思いました。

 

不安は尽きないですが、ぼちぼち対策しながら、それなりに。