読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

ありがとう外国の誰か

わたしはくそまじめです。
今はそうでもないけれど、やっぱりくそまじめです。

そのために、小学校はちょっとつらい場所でした。
「先生のいうことを聞きましょうね」と言われているのに、当然、大半のこどもは聞かない!従わない!
保育所では、まだそういったことは少ないし、またわたし自身が「他者」をほぼ意識していない(記憶の中でも、言葉や文字のことを考えていたり、好きなものの動画はたくさん残っているのに、「人」の記憶はほとんどないです。親戚や親の記憶もないです。「人」というより、「音」「手」「お腹」など、自分に良くも悪くも刺激のあった部分部分を「風景の記憶」としてもっているにとどまります)ために、あまり気になりませんでした。

他人のルール違反やミスをやたらと指摘する・自分のことのようにパニックする」状態でした。

自分でもどうしてかわからないし、わかろうと考えることもしないほど当時は「秩序・ルールがあるのに、それを守らない」状態に自分が置かれているのがつとてもつらくて何か言動で解消しないといてもたってもいられませんでした。「学校に行って、先生の言いつけを守って、勉強する」ことから逃げ出すこともできませんでした。それがきまりだからです。不一致が気持ち悪くてしかたがないのです。

一方で、本やTVなどは、そういうルール違反がないのでとても安心しました。
ルール違反があっても、それにともなう理由(心情など)を説明されているし、たいていの場合「論理的でないほうが、どこかで損をする」展開があるので、とても安心します。また、特に本は、文字が書いてあるので、その手触りや動画や感覚で、「ルール違反」の理由や情景なども感じることができ、文字と一致しているので、とても安心です。小学校高学年〜中学生(まさに周囲の子どもはルール違反だらけの発達段階にあり、今思えば私には苦しい時代だったのでしょう)くらいのころは、ライナスの毛布のように、読んでいようがいまいが必ず手に書籍を持っていました。

そういうなかで、小学校六年生のわたしは、あるNHKの番組(おそらく「地球ドラマチック」のような番組?)に出演していた外国の女の子の発言にわたしはとらわれました。

(何らかの状況に関する意見を求められ)
「そうなの。でもそれは私の人生にはなんの関係もないわ。」

彼女はこう言っていました。
これにわたしは衝撃を受けました。「そうか!私の人生にはなんの関係もないじゃないか!」と。

これが、私が自他の区別を意識の舞台にのせた瞬間だったのだと思います。

自他の区別が「全くない」訳ではなかったのだと思います。しかし、やはりそれは薄く、またその発達が年齢より幼く(小学校低学年までくらいは、定型児も「いけないんだ!!」なんていう発言をよくするので、おそらくそのあたりだったのかと推測)、さらに周りのこどもと感覚や発達のバランスがずれていたために、しんどさがあったのだと思います。感覚と発達のどちらかでもあっていれば、ルール違反への過敏はマイルドなものだったでしょう。感覚があっていれば「ルール違反」は大したことではないかもしれません。発達があっていれば、他人の行動に翻弄されにくいでしょう。

自動で行われる、無意識の自他感覚では、周囲とのズレが大きすぎた。
それが、ふいにぱっと感覚に合う言葉をとらえたことで、意識の舞台にのり、「手動で自他感覚をいじる」、マニュアル操作の訓練が可能になった、そういう瞬間です。

これだけでは、まだまだマニュアル操作が上手くないため、練習しながら、時には刺激を遮断しながら(ちょっとの間、不登校めいたこともやりました)、自分を楽にする練習をしてきました。いまは、日常的に人と接する量をへらしていることも大きいものの、かなり楽です。自動ではないので疲れの度合いは大きいと思いますが、それでも、ここで生きるのにはこのほうが楽で、よりおもしろいことに自分の感覚を割けます

知らない女の子の言葉は長いこと、わたしの大切なキーワードで、お守りでした。ありがとう。
しんどい誰かが私の言葉のどこかで楽になれるとうれしいです。