pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

ごはんのことを考えない

先日、あるイベントに参加しました。

イベント自体は良かったのですが、運営およびその人間関係の矛盾が多く(イベントだし、人がたくさん関わるいじょう、仕方がない)、私には辛かったようで、帰宅して、「理不尽」のコップがいっぱいになっているのに気が付きました。

普通は、きっと気にならないんだ・・・きっと受け流せることなんだ。
こんなにも気になってしまう。許せない。とても幼い自分。
いい面でもありますが、やっぱり社会で「ふつうに」生きるにはかなり枷になるようです。何回実感しても、何度もこうなってしまう。どうしても、事実と事実、発言と発言、思考と思考の齟齬に折り合いがつけられません。感覚の特異性は、ある程度防衛可能ですが、これはどうにもなりません。

すこし、昔からお世話になっている芸術の先生とお話して、

・誰も悪くないこと
・ちゃんと我慢して帰宅したのは、よかったこと
・いけないことを認識できるのは、いいこと
・その敏感さが、あなたの色覚やアートへの感覚に反映されているのだということ
・ごはんのこと(お金のこと)を考えないで、まずはやりたいことで全力で生きることを考えてみてはどうか。

というお話をしてもらいました。

わたしは、小さいころから「自分のためにお金をつかうこと」を「借金」だと感じています。
だから、「自分でそれを取り戻す必要がある」し、「お金を使わせてしまっている、主に両親」への「負い目」がすごいです。
また、「自分は貧乏だから、早くお金を稼いで自分で食べていかないといけない」「しごとは苦しいもんだ、だからお金がもらえる」とおもっている傾向も強いです。

これは、少しは持っていてもよい認知かも知れませんが、「無難に」「ふつうに」生きるのが難しい私には、かなり大きな障害です。
そうでなくとも、少しは「安心」して「冒険」する指向性を持ったほうが、きっとらくになるでしょう。
私は、「安心」がないのです。
いつも世界に対して不安でいっぱいで、一寸先は闇。

わかっていないことの恐怖が大きすぎるのです。

けれど、まずは、ごはんのことをかんがえない。

やりたいことを、かんがえる。

心地いい方へ、風に乗る。

ことを、少し意識したいなあと思います。