pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

てんかんではなさそう!

てんかんの専門病院へ

前回、てんかんの疑惑が出ていたため、てんかんを診ることのできる病院へ行きました。
なんだかぬるっと色々問診され、知らない先生に知らない環境で気持ち悪いながら一応答えました。
すると、
「あなたの若さだと、基本的にてんかん発作は全身けいれんからはじまる。あなたにはそれがないので、心配しなくてもよいでしょう。脳波は、診断の助けになるけれど、決め手ではないので、撮る必要はありません。脳波に異常があったらすべててんかんと診断しているのは、誤診が多いんですよ」
とのこと。

基本的に、というところ、脳波をとらないことはちょっと引っかかりましたが、とりあえず、そのように主治医に伝えてもらえるそうなので、よしとします。


ほっとしたけど、つらいこと


予定の変更

ほっとしたと同時に、「脳波を撮る」という予定が崩れたこと、初めてのことへの不安もあり、その両極端で特性由来の耐え難いゆらぎを抑えるのでかなりいっぱいいっぱいになりました。
わかってはいるんだけれど、もう少しで「どうしてですか?!」脳波とらないとだめなのに!!!!」と詰め寄りそうでした。
いわゆる「拍子抜け」をした時に、私が陥りやすいパニックの形(泣き怒り)です。「よい拍子抜け」でもこれが起こるので、そういうときはけっこう奇異の目で見られます。苦しいです。

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大学生のころ、サークルの先輩が冗談で「退学する」と言いだし、サークル全体が暗い雰囲気になりました。あまりに暗い雰囲気になってしまい「嘘だ」と言い出せなくなった先輩は、さらに嘘を重ねました。
私は、「それなら仕方ないな」と思いました。私自身は、それについては大して思うことはありませんでした。
ところが、結局嘘がばれたとき、私は「よかった〜〜〜〜〜」と言いながら大泣きしてしまいました。
その時は、事情が事情であったため、あまり奇異には見られなかった(心配はされたので申し訳なく思います)のですが、これはどうも「拍子抜けパニック」なのでした。
「よかった」は、単なる表出言語で、たしかに「良かった」とも思っているのですが、「良かったから泣いていた」わけではないのです。どうも私は、「とてもびっくりして、状況が二転三転したために」泣いていたのです。
当時は自分でも把握できていなかったので、自分で自分が奇妙に感じていました。「別に大して(その嘘の内容=先輩が退学すること)悲しくも嬉しくもないのに、どしてこんなに感動?してるんだろうか」と。
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感情が伴っているような伴っていないような表出の仕方のパニックですが、つらいことは確かです。
避けては通れない変更やおどろきに、どう対処するかは、課題かもしれません。

しかし、今回は病院を出て1人になるまで泣くことはなく、またお友達に助けてもらいながらでしたが気持ちをかなり早く切り替えられたと思います。
ゆっくりと成長しているのかなと思います。

とりあえずよかった


さて、そういうわけで、とりあえずてんかんではなさそうなので、通う病院も増えず、薬も増えず、運転もできそうです。
よかったなあ。

ただし、てんかんだとしたら収まるかも知れなかったパニック等の症状は、不定愁訴および自閉の症状であるということなので、そこは一気に解決というわけにはいかなくなりました。ゆっくりいこう。