pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

もりの「部屋が汚い」メカニズム/ADHDとASD

私の部屋はきれいとはいえません。

ものが散らかっています。

この「片付けられない」「部屋が汚い」というのはしばしばAD/HD(注意欠陥多動性障害)の症状として言われます。

ただ、私はAD/HDの診断を受けておらず、自覚症状としても「うっかり者」「おっちょこちょい」「とりあたま」という自覚は充分にあるものの、障害であるとは思っておりません。どちらかというと純粋なASD(自閉症スペクトラム)に近いかな、という感触を自分では抱いています。また、診断としてもASDのみしかでていないこともあり、そうだろうと思います。

ところが、私の部屋は散らかっている。
また、ネット上のスクリーニングテストでは「可能性あり」。(もちろんスクリーニングですので、信頼性は高くありません)

さて、どうしてだろう?

ーーーーーーーーーーーーーーー

AD/HD者の「部屋が散らかる」

これはあまりよく知らないのですが、どうやらAD/HD者の部屋が散らかる要因は「注意力散漫」に大きくあるようで。

たとえば「必要なものと不要なものを見分けられない」「片付けているうちに興味がそれて、ものがどんどん出しっぱなしになり、溢れていく」「片付けるためのパターン・ルールを決めたり計画することができにくい」あたりが要因となって、ごちゃごちゃになってしまうようです。

どんな人でも多少はあるようですが、それが顕著に出てしまうのが特性たる所以ということなのでしょう。

わたしの「部屋が散らかる」

私の場合、上記の要因で部屋が「過剰に」散らかることはありません。つまり、健常もしくはグレーの範囲に収まっています。むしろ、部屋をキレイに保ちたい欲求はそこそこ強いです。掃除は好きではありませんが…。

ところが、「部屋が散らかる」。ものすごく散らかります。

その要因は、と考えると。

①モノが多い…コレクション欲求がとても高い。気になる言葉が書いてある広告、ちょっとした落書きからかわいいポストカードにいたるまで、あるとあらゆるものをとっておきたい欲求が非常に強いです。なんならつねに四次元ポケットに持ち歩いて、そのまんま取り出せるようにしたい。すべての魅力ある物事をきちんと記録・記憶、そのままの状態で保存・取り出ししたいのです。その手がかりとして、ものをとにかくためてしまう。先日はダンボールにあふれんばかり、といった状態の紙モノを整頓しました。数冊、スクラップブックが必要そうです。

②考え事が多い(+忘れっぽい)…考え事や今やっていること、ペンディング事項について、どこか見える位置に「実物」を配置しておかないとどういう道筋でどういうことを思考していたか思い出せなくなってしまう。そのためのしおり、またはウィンドウとしての「散らかし」です。自分を中心としていくつかのものを配置しておき、そっちを向けばそのモードに切り替えられる状態(すなわち、やりかけの状態)にしておかないと、忘れてしまうわけです。そのロスがもったいなく、恐ろしい。
おそらく極度に忘れっぽいわけではないのですが、考えていることが多く、また刺激に対して反応しやすいため、「ある物事の中にあるまた別の物事」にパッと注意が切り替わりはしゃいでしまう→あれ、重要なことを考えていたはずなんだけどな…とか、ふと見た方向に鳥の群れが居てはしゃいでしまって、あっというまにそっちに気を取られてしまうなどのことが起こるために、「記憶すべき事」が多すぎるのだと思います。また短期記憶に関しては若干弱めではあるので、そこも少しは関わるでしょう。
思い出すためのシンボル・付箋や名前をつけるのが苦手なのですね。これは以前書いた「ラベリング・圧縮の苦手さ」に繋がることだと思います。

以上の2点が非常に大きいのではないかと思います。どちらも特性に関わっていますが、より面白いなぁと自分で思ったのは②。これは、「やっているうちにどんどん注意がそれて散らかってしまう」というAD/HD者の散らかり方とは、言葉はちょっと似ていますがぜんぜん違うと思うのです。だからといってASD者に特有とか特徴的というのもよくわかりませんので、とりあえず私にはこういう特質があということでしょう。

※部屋の写真、載せようと思ったけれど自粛…女の子の部屋やからな!笑

ーーーーーーーーーーーーーーー

AD/HDとASD

さてこれで私の「部屋が散らかる」に関しては、「結果が同じだけで、メカニズム的にAD/HDとは全く異なる」ということがわかりました(書いているうちに、刺激への反応のしやすさは…?となりましたが、仕事等に大きく支障はないので許容)。

発達障害」というと、「AD/HD・ASD・LD」なんて並べられることが多く、また最近では併発することもよくある、といわれています。また症状が似ていて混乱することもよくあることです。少し前(DSM−Ⅳ)まではAD/HDとASDの併発はない、とされていたこともあって、「もう発達障害、でひとくくりでいいじゃない!」なんていう考えもちらほら。

しかし、わたしとしては純粋なASD者とAD/HD者では明らかに違うように感じます。ここをポイントに据える非常に嫌なのですが、やはり「(症状としての)コミュニケーション」に大きく差が有るように感じますし、また「多動」の出方・メカニズムも異なるように思います。個人的な感触ですが、「とにかくモーターが入っているように動いてしまう」のが核のAD/HDと、「過集中や視野の狭さおよびその他の特性絡み」のASD、といった感じ。

対策や当事者としては併発もありますし、一緒くたのような理解でも別に構わないのですが、「診断・治療・療育・研究」といった専門分野においては、慎重に調べてほしいなあという気がします。