pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

エピソード2つ「言葉を文字通りに捉える(曖昧苦手)」「融通が利かない」傾向

こんにちは。


すこし思い出したエピソードから。

1.小学校時代、ある先生が、係決めを工夫して

「自分で係を考えて、それになろう」

という方法で係決めをすることになった。
わたしの通っていた小学校では、通常は、人数に見合った係を「黒板係」とか「配り係」「国語係」なんて、先生が作って、そこに児童が立候補等で係の役割を決定する、という方法がとられていました。

私は一生懸命考えました。どんな係が必要なのだろうか。どんな係を作れば良いのか。

なかなか思いつくのは難しかったです。
そしてついに私は「いつも先生が集めてやっている、ドリルや音読のカードにスタンプをおして返す係を作って、それになろう!!新しい係を考えたぞ!!!」

ところが先生はそれにちょっと困り顔。
いまは分かりますが、その係、先生がちゃんとやるべき仕事なんですね、本当は。課題チェックなので・・・まして小学校の。

でも他に新しい考えるなんてもうできない!とわたし、パニック。

結局、先生はわたしが考えた、ことをほめて、その係を認めてくれました。
おかげでわたしはそれに関しては「すごく嫌だった・しんどかった」という思いを遺さずにすみました。
いつも認める訳には、学校としても行かないでしょうが、これはわたしにはとても助かった対応だったと思います。

ただ、当時は何も言えませんでしたが、パニックしていたときの気持ちは、
・「考えた」じゃん!!!なんで!!
・みんな考えてないじゃん!!!新しいのじゃなくていいなんて知らなかった!!
・どうしてちゃんとおしえてくれないの???
もう考えるのもできないし、今までもあった係だって全部他の子がとっちゃった!!

というものでした。多分、先生は、4番目の気持ちを主にくんで(というより、もう必要な係は残っていなかったので、先生も困ったのでしょう。)、そして、考えよう、と言った手前、どうしようもなく、、ということであっただろうと思います。

「係を考える」というのは、私にとっては曖昧な表現で、かつ新しい表現だったのですね。
そのために、「今までの経験から、必要な係を思い出す」だけでいいのか「新しく係を作る」必要が有るのかわからない。そして、「考える」という言葉の中には、7割ほど「オリジナリティ」な要素がふくまれています。しかも、「自分で」考える、のですから、、、ということで、私は「周りを見て空気を読む」ことも「できないからうまいことやる(融通をきかす)」こともできず(よく言えば、ずる、ができないのですが)、一人無駄な格闘をしてしまったわけです。

大人の目から見ると、「かわいいな、わたし・・・まじめだし、ちゃんと創作したの、えらいねぇ。」と言ってあげられるのですが、当時は必死で一人でもがいていました。
このしんどさも、この気持ちも、理解しようとしてくれるおとなも、自身が気持ちを分析してあらわす能力も、ありませんでした。

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2.中学1年生、はじめてのテスト
英語のテストです。
一学期末はじめのテストということで、そんなに難しくなく100点も数名、
ところがわたしは99点でした
なぜかというと、

Q「play」を使って一文作りなさい
このとき習っていたのは、I play soccer. やI play the guitar.など「スポーツ」または「楽器の演奏」に使用するという用法でした。

わたしは、どちらもかけました。
これを書けば100点・・・でも・・・
わたし、野球もサッカーもなんにもできないし。。。楽器も演奏できないし。。。。。
だからだめだ。。もうわたしはこれかいちゃだめじゃん。。。。もうだめだ。。。涙
普通のひと(?)からすれば おバカ!!!!!!
としか言いようのないことですが、本当に真剣です。

返却のとき、みんなが弾けもしないピアノで「I play the piano.」と丸を貰っているのを見て
どうしてウソでもいいって書いてくれなかったの?!?!?!
もう一度言いますが、普通のひと(?)からすれば おバカ!!!!!!
としか言いようのないことですが、本当に真剣です。

忘れられない出来事です。
私はこのテストで「試験というものは、どんなにウソでも、アホなことをかいても、とにかく○が貰えればいいんだ」ということが、最大の学びでした。
いまではおもしろエピソードだし、当時も、自分でも「バカだなあたし〜〜」と流すことができるように成長していました(悔しくて、ホントは満点だもん!!とは言いふらしてましたが。)ので、かわいいエピソードといえばそうですが、これも「字面をそのままなぞってしまう」「融通が利かない」「認知が偏っている」特性を反映していますね。

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私の場合は、激しいパニックも少なく、ある程度周りの大人やお友達に恵まれていた(小学生で、私のパニックに大人いっさいなしで「筆談で対応」してくれるような子たちでした、、、信じられないくらいすばらしい。)こと、また、学校という世界では、私の特性はどちらかと言えばプラスに働いたことで、凹の面が目立たなかったり、すこしマイルドになっていたために、そこそこ世間的にはうまいこといっていましたが、これは、「組織で働く」段になって、大きくマイナスに転じてしまうわけですね・・・。
やはり我々には学力・友達づくり等のポイントごとの課題も大切ですが、基本的には(主婦や支援されながら、ということ、そういうスキルも含めた)「自分で食べて行ける大人」という最終目標に視点をおいた育ちが必要であるようです。

そうはいっても、まわりの人々がうまく扱ってくれたおかげで、ひどく鬱になるようなこともなくすごしていた、でも、思い出すと端々に特性が見え隠れする子ども時代のエピソード2つでした。