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pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉症スペクトラム。 わわわアール・ブリュット作家です。

カウンセリング14,15

病院 カウンセリング ASD
カウンセリング2回分です。
この2回はほとんどこれまでのまとめ・様子見のような状態。

14
・0か100かでしかエネルギーを使えないことのコントロール
・生活サイクルの安定化

が課題ということを確認。
仕事に関しては、医療的介入は今のところ薄めでいいだろうということです。生活サイクルが安定することで、すべての面が改善されるだろうとのこと。
また、他者への怒りがわいてくるということは、ある面抑うつの改善による部分があるだろうとのことでした。

どこまで出来るかわかりませんが、まあそうするのが社会生活上必要だろうと思います。

15
15も同じような感じでした。
記述の量が多いため、60分の枠にするかもしれないとのことでした。

また、「感情のコントロール」も課題だろうということ。
そのために、感情を言葉にする訓練が必要だろうとのこと。

その関連として、「不安などのマイナス感情や感覚を意識することの必要性」の話がありました。

歩いていたら、車が飛び出してきて、「うわっ怖い」と避ける。
ここで「怖い」という感覚がなかったらどうなる?

という話でした。
私はこのとき「その瞬間」は「怖い」とまでは意識の舞台にのぼらないけれど、体は避けるよなあ。おもしろいなあ。なぜ「怖い」と後から認識する必要があるのだろう?
と考えました。
次の経験に生かして命(種)をつなげる戦略、そして、その場では反射で動く必要があること…。また、そのままでは不安を「処理」しきれず、不安が残ってしまうため「怖い」とラベルし、「終わった」というBOXに入れてしまい、次の行動に移す必要がありそうだ。
と考えました。けれど、完全に納得行くところまで考えが及ばず、面白く考えました。したがって「わからない」と答えました。

すると、先生は「怖い」とわからなかったら、死んでしまうよね、と言いました。

私は急激に冷めました。「そういうパターンのやつか、なーんだ」と。
いきものが不安や恐怖を感じるのは生きるための危険回避行動として必要だからだ、というのは私のなかでは「よくあるパターンの話」です。
ただ、本当に実感しているかはわかりませんが…。

なんとなく私が感情を爆発させてしまったり、コントロールしにくい部分とはずれたな、と思いました。

とりあえず、この日はここまで。

※※※

私の場合「圧縮能力」「ラベリング能力」の不全ないしは「細かすぎる表現」に問題がありそうだと今は思います。
たくさんの体や脳の反応を「怖い」に「ひとくくりにすることに納得がいかない。・抵抗がある」と思います。そんな乱暴な処理はできないのです。もっとたくさんのことを感じられるのに、どうして単純化するのか。そのほうが共感しているふりがしやすく、群れで生きるにはおそらく効率が良いのだろうとは思いますが。納得はできません。そして、納得行かないことをするのはすごく苦痛です。