pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

ジャーゴン・エコラリア・地球語

わたしにはこれらすべての表現があります。

それはおもしろいけど不便です。

だって英語で表現するのと日本語で表現するのじゃ、たとえちゃんと翻訳しても、違う!と思うでしょう。

それ以上に隔たりのある世界の表現を行き来するのは大変です。
でもそれによってかんがえごとはたくさんにはかどります。

いちばん不便なのは地球語(そのうち・日本語を使用。)です。
けれど、伝わる・心地よく生きるために学習すべきなのは地球語です。
だから地球語を使ってます。

それだけでは足りないので、エコラリアしたりジャーゴンして口と頭をあやしながら生きます。
エコラリアやジャーゴンには意味があります。

参考になる記事は
カレイドスコープ
ひととひととのコミュニケーションとは

です。とてもよくわたしのあたまのなかをうつしとった言葉たちでとてもすみやかにきれいです。

でも、実際の所エコラリアやジャーゴンの本当の細かい部分の意味(ジャーゴンに至ってはすべて)、この地球に存在するわたしを通してでてくるにも関わらず、わたしにもわかりません。意味わからないんだけどなしでいられません。ふしぎです。

地球語しかわからないのにどうやら体に詰め込まれたわたしの思考は地球 語を使っていません。
地球語を使ってるかもしれません。それもわかりません。

だから、感想や解釈は違えどそこに存在することそのものは直観で疑うことのできない、見てわかるものは安心です。
もちろん、その認知の仕方もそれぞれに違うので、それにつけてもぞっとしないわけですが。それに気がついたのは6歳の3月ごろです。ぞっとして気持ちが悪くなって怒られるまでひとの認知に関することを質問し続けました。答えは得られませんでした。不思議です。みんなそれぞれ体の中に思考が存在していて、それらがぶつからずに自動でスッ、スッ、とまじわるように、やわらかに交遊しているさまは。