pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

ファイブミニと食事の話







特に支障はなかったし、グレープ味のアイスクリームが好きだったのでよいのですが、
「変えられない」気持ちのイメージを図にしてみました。
なんとなく「次(未来)がなくなっちゃう」感じのイメージに触れてしまうので、変えられない時があるのです。イメージとしては、行く先が黒いもやもやになって、あっという間に足を踏み外して、自分がなくなっちゃう感じです。
そもそも、自分という存在がふっとなくなっちゃう感覚が強く、他人との区別もうまくつかなくて、こわい、と思っていたので、その辺りも絡んでいるのかも。(これはまた書くつもりです)
そうじゃないってわかると、変えられます。
ただ、変更が苦手であると、完成が見えた瞬間、そこに行かざるを得ないので、根気よくものごとを進めて完成させて、褒められることも多かったです。褒めてくれた先生たちに感謝ですね。

むしろ、本当のところ、食に関してはかなりチャレンジャーな私です。
なのに、たまにこういう決まりごとがありました。

それから、量が食べられないのと、食べ合わせや食べ方に変にこだわっていたので、給食は大嫌いでした。食事も、小さい時は嫌いでした。意味がわからないし、たくさん食べないといけないし(誤解・・・)、自分の予定を中断してまでするのはひどく疲れることでした。
特に給食って、ざわざわした環境で、ちいさなこどもが、ぐちゃぐちゃたべものをかきまわして、べちゃべちゃたべているし、変な金属の味がするスプーンを使わなくちゃいけないし、白いご飯と牛乳の食べ合わせは吐き気がするし、なんだか馬鹿にされてるような感じがするし、嫌だったなあ。
ただ、それを理解して、「はじめに食べられる量を予想して減らしておいで。うまく減らせなくて、おかわりが欲しくなったり、残したりしたって、怒らないから、やってみなさい。」と言ってくれる先生に出会って、そのスキルを得てから、ぐんと楽になりました。家でもこの技を使ってご飯を食べるようにしました。母は、お手伝いするようになった、などど思っていたようですが、実際はじぶんの為だったり・・・。
それから、料理がすこし出来るようになって、好きな量で好きな物を食べることは、おいしくて、うれしい、と気がついて移行、大きくなるにつれて、食事が好きになりました。
今では好きすぎて困るほど。

今は、「変更の苦手さ」とも「食事」とも、そこそこうまく付き合えているわたしです。