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pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉症スペクトラム。 わわわアール・ブリュット作家です。

リアルTwitter家族

日々


上が、たいていの休日の朝の我が家の状態です。
また、休日の朝にかぎらず、考え事や発言に関して、我が家は常にこういう状態。

「投げたら、投げっぱなし」
なんです。

全員、考えたりしゃべったりしているんですが、「伝えようという意志も薄けりゃ、聞く気なんて全く無い」。

伝える気のないことは、それで良いし、非常にラクなのですが、
「全員でやること」となると、これがまあ大変です。

うまく行くのは、ごくまれに、

「全員が」「たまたまその計画をきいており」「たまたま興味を持った」

ときのみです。

そうでないときは、おのおの「自分が思っている・言ったことが通った」と思っているので(なぜか・・・)、「いざやろう」と行動を起こすと、「あれ?!?!」ってなります。全員バラバラのことを始めるので、全員びっくりしています。
しかも、それを訂正しようとしても、やっぱり話を聞いていないし、一部だけ聞いていたりもするので、「違うよ・・・(続きがある)」「えっ、じゃあいいわ。やめるわ(ぶちっと行動停止)」とか、「いや◯◯、でもあなたが×なら」「え?◯◯?そんなの無理無理!!!!無理無理!!」なんていう会話になって、しっちゃかめっちゃかになります。

それでもそれなりに生きているのはスゴイのかもしれないですけど・・・


「もりの家族って、会話してるけど、コミュニケーションは全くないね・・・」と、以前言われたことがあります。その通りです。
普段は心地よいですが、必要な場合に必要な伝達や協力をしようとすると、ものすごくストレスです。工夫が必要です。目の前まで行って、互いの準備を待って話したり、LINEや紙に示したり。
ただ、家庭内のことなので「全員気が散りやすくて話ぜんぜんきいてないよねwww」「またかよ〜w」で済むことが多いですが、互いに互いをうんざりだと思っているふしもあって、やっぱりしんどいです。

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常々そう思っていたのですが、これが続く・ときにはラクなのは、
「これがTwitterの形態に似ているからだ」
と気が付きました。

話が通じるのは、「たまたま皆がおなじ時間帯にTwitterを開き、かつ、ファボしたりリツイートした(興味持った)とき」だけ(しかも、それでも、伝わっていないことも当然ある)だし、「短い言葉をぱっと見てるだけ」のことも充分ありうる。絶対に伝えたい事は、DMやリプライする必要がり、それでも伝わる保証はない。
でも、ある程度発言は自由にできて、たまたま気のあったときに反応がきて、思わぬ面白いこともある。

そっくりです。

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今回はそういう発見を書き記した記事です。