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pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉症スペクトラム。 わわわアール・ブリュット作家です。

回復の過程だと信じたい

仕事 うつ ASD
ここ数日、思い出し怒り(フラッシュバック?)がひどくて、とてもつかれています。頭がシャカシャカ、からだがボワボワ。

最初の職場(学校)でのセクハラ・パワハラ・いじめ。
そんな記憶が不意にリアルに出てきてしまって、そのたびに苦しみます。

学校に怒鳴り込んで、全部メチャクチャにしたくなります。

わたしは嫌なこと、悔しかったこと、つらかったこと、理不尽だと思ったこと、なんていう記憶をあまり忘れられません。
今でもいっぱい思い出しては怒ってしまいます。その当時と同じように。
鮮明なままなのです。

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以前にも記述を少ししましたが、私が最初にいた職場は学校です。
当時は自分に特性があるということはわかっていても、それが障害、自閉症だとはわかっていません。(ただ、自分のことはわりとわかっていて、特性に対する対策というのは自然に身に着けていたふしがありますし、小さな頃から、発達障害等の知識ももっていました。これは幸運なことでしょう。)

その学校は、校長教頭がどぎついセクハラをし、しかし、それが当たり前になってしまってあきらめられており。わりとそういう「プライベートへの踏み込み」にとっても鈍感。善意の押し売りが得意。
学級経営に「キャラ」を使って、「いじられキャラ」を嫌がっている生徒がいるのをわかっていても「あいつはそういう奴だからな〜」で済ませ、しかも授業でそれを利用するように学級経営する教師。恐怖で支配して勉強させることで「人を選んで態度を決める」ことを学習させ、「学ぶよろこび」を捨てさせてしまう教師。それを自分の「力量」だと勘違いしているし、周りもそう思っている。
発達が偏っていそうな教員に対して、「障害」「障害」を悪口を言って。「やる気が無い」と匙を投げる。同期の私が尻拭い。口約束はできなくても、ふせんにメモを書いて、貼っておけばできる人でした。「障害」「自閉症」などどさんざん、本人の前でも悪態をつきながら、そんなこともできないし、工夫しない。もちろん教員は同僚の療育をする立場ではありませんが。通常業務すら回っていないような状態ですが。それでも。やっていいことと悪いことがあります。

彼らだって悪い人ではない。
色んな人がいる。
いいところも一杯あるし、私が悪いのだ。

ってそう思うようにしていました。

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その職場をやめて1ヶ月ほどは泣きわめくパニックがずっと続いて。それからは、職場のことは思い出せませんでした。思い出そうとしても「ぼんやりと良い職場だった」「なのに何で私はできなかったんだろう」ということしかわからなかった。

最近になって、こうやってものすごい怒り発作が起きるようになりました。
死ね!死ね!って、それだけは、思わないように。
今更どうしようもない、証拠もない、あの教員達の信者も(信者がいるのが既に気持ちが悪いマインドコントロールの成果だと思いますがね)いっぱいいます。
私がこんなふうに苦しむ意味は、ない。

そう思います。
でも、忘れられないのです。

保育園に通っていた頃の疑問。小学生のときにあった理不尽なこと。
全て覚えています。

きっと私は完全に忘れることはできない。
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でもわたしは、もう自分を許してあげよう、と思いました。

私は彼らが「嫌い」です。
彼らが間違っているかどうかは、しりません。

そういう関わりは、持たないように、そこは努力をする。

けれども、私が悪いと無理に思って、彼らを好きになる必要はないのです。

実際は、人権を踏みにじる「間違った」人間だと思っていますが。
けれども。

でも、まあそれも「心の動き」としては認める。
私の心を許してあげたい。

また、「思い出すようになった」ことは良いことである可能性もあります。
トラウマ的なものなのか、特性上の問題なのか・・・そおのあたりは、混ざっているところなので、良いこととも良いきれませんが。
「無意識に抑圧してしまう記憶」から「思い出せる記憶」になったのは、きちんと怒れるようになったのは良いことなのです。たとえその場では怒れなくても。

だからこれは回復の過程だと信じたいです。

ああ、それでも、本当に、つらい!
この辛さが引き金になったのか、ひどい悪夢で疲れきって目覚めた朝でした。