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pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

顔色伺いが欠けている?

先日、この記事を読んで、面白そうだったので自閉スペクトラム者対象の実験に参加してきました。


表情認知も視覚過敏もそんなに自覚がなかったのですが(生まれてからずっと同じ感覚を搭載している上に、自己モニタリング能力が著しく弱いためだと思います。過敏なくせに、過敏を受けとていることに鈍感で、痛みに強い。)、どうやら自覚なく過敏であるということもあるらしい。これは面白そうだ、と興味をもちました。


また、昨年、はじめて知り合いになった方に、


初対面:
お前はすごく失礼だし話が長い。しつこい。面倒臭い。どうでもいいことにこだわる。上から目線。俺はお前が苦手だ!」

さらに3回目:
「前からお前は何か変だと思っていた。今日それがわかった。お前は”顔色伺い”ができていない
(そのくせ、これを行った時の彼の「うまいこと言ったぜ!どーだ!」的なドヤ顔はとてもよくわかった。よくわかる顔だってきっとそこそこあるのだ。)


と言われました。
ただし、私はといえば一回目は「そうか・・・自覚がなかった。周りの人がするのと同じように接していたつもり※だったのにな ・・・」と落ち込んでみたものの、3回目は自分の発達の偏りが判明しつつあり、鬼のように調べ物をしていた時期と重なっていたために、彼にとってはおそらく不運なことに、

※彼に会ったのは知人を通じてなのですが、彼に会うときはその人たちも一緒です。その人たちと彼は私と違って初対面ではない間柄で、彼らは少なくとも親しげに口をきいたり、けなしあっても失礼ではない年齢・付き合いなのだと思います。そこをふまえずにただ「彼にはこういう風に話しかければいいんだな」と彼らのふるまいをコピーしてしまった、というミスでしょう。かといって中途半端にくだけた席で、上下関係はないものの年齢差のある、したがって相手からはフランクに話してくるという場面に対し、どうしたらいいのかは未だよくわからない。立場と適切なふるまいがあいまいな会は難しい。

「そう?!やっぱり?!発達偏ってるらしいんだよね!!!でもこんなにきっぱり言われたの初めてかも!もしかしたらやんわり言われて気づいてないだけかもしれないけど!!どの辺が読めてなかった?!?!?!うわーおもしろい!!ひゃはあ!たのしい!自分の体使って研究できるとか最高?!?!?!」

などと、鉛筆片手に質問攻めにしてしまったのですが。まさにこの辺が読めていないことが、いま、この出来事を文字にして、理解できました。・・・これは表情認知とは別の問題ですが、ドヤ顔がわかってもそれに対して 適切な/発話者が求める 反応を示せていませんね。

いちおうこれ以前にも臨床心理士との面談で
あなたは発せられる言葉をそのまんまとらえてはいるけれど、相手の身振り・そぶりや、表情はまるで見ていないね。
とは言われていたのですが、「どうやら専門家ではない人にもわかっちゃうくらい顔色を読めていないし、そもそも見ていないっぽい(自分ではけっこううまくやっていると思っている)」ということが衝撃で、表情認知がどのくらいできていないのか気になっていました。そして上記の被験者募集があったわけです。「普段は人の顔なんてそもそも見ていないから、やればできるのでは?」という変な期待も含みつつ出かけました。大学と名のつく場所が大好き(大学は、一番好きなことができて、楽しかった場所です)なので、どきどきしながらも大学を歩き回って研究室へ。

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結果は、「全然わかってない」。

びっくりしました。
実験を受けている最中に、すでにわたしは(アカン・・・これ0点取ってしまうやつや・・・)とは思っていたのですが、もう、まったく、ほんとうにできませんでした

びっくりしました。

プラス(笑顔だなー。という印象)か、マイナス(怒ってるか機嫌が悪いか不快なのか不明だが、どうやら何か不満らしい、こわい顔。という印象)しか認識できない。

写真を次々見せられて、6種類くらいの感情に当てはめる(これは「悲しみ」だな、などという具合に)のですが、始めてすぐに

表情、「+」「ー」「ゼロ(ノーマル)」3種類では?????
選択肢に「ノーマル」が足りないのに、なぜほとんど「ノーマル」????

という疑問で頭がいっぱいに。しばらくフリーズして、大学のスタッフさんに心配されました。
私が固まっているのを見て「わからなかったら、わからない、を選択してください」と教えてくれたので、「そうか、これはわかってないのか・・・おかしな・・」などと勝手な感想を抱きながら「ノーマル」に見えたものは「わからない」「+」は「喜び」「−」は「怒り」にぽいぽい選択しました。あまりにもこればっかりなので、そんなはずは・・・と思って、シワをめっちゃ見たりはしたのですが、そんなの、ただのカンやん、という話で。

したがって、結果は全然ダメ(しかも、「喜び」は偶然でも正解数が多くなるはずなのに、めちゃくちゃ成績が悪い。)な上に、合っていた部分に関しても、社会生活上、あんまり意味がない感じ。
みなさん、表情を見分けるのが得意ですね・・・表情過敏????

まあ、この程度でもそこそこ幸せになれる方法を探そうと思います。

このあと表情ごとに決まった色(個人の感覚で色を設定)をのせて同じテストをしましたが、なんだか私には効果があるのかないのかよくわかりませんでした。むしろ「表情と色があっていない時」に、違和感がすごくて、成績が少し上がりました。おそらくそれまでの実験で、色と顔の組み合わせを画像として(平面で動かない写真の場合、すごく覚えるのが早いです。親の似顔絵は部分しか描けなくても、「親の写真」の絵はサラサラ描ける。)覚えちゃったから違和感が起きたのだと自分で推測しています。
スタッフさんによると、けっこう効果あり、とのことです。たしかに、実感はともかく成績はぐんと伸びているのがすごいです。表情ごとに色をのせる機能のあるめがねも、かけさせてもらいました。やっぱり人の認知って面白い。

また視覚過敏の実験については、手順書を渡されたもののそれは「しまってください」と言われて素直にしまってしまい(ここで「文字で手順をひととおり見たい」と主張するスキルが必要)、OJT的な手順説明をされて、「次に何がおこるかわからない不安」だらけになって3回くらい固まってしまい、なんだかよくわからなかったのですが、とりあえず「情報量が多い(ひとごみ等)」ところ(これは視覚過敏は二次症状だろうと思います)「光量の差が大きい(夜道、明かりのあるところとないところの境目等)」ところで視覚過敏が多少あるかな?という感じです。とりあえず、今の所は田畑に囲まれた家にいるので、そこまで困りはしない、という程度。

さて、さらにこの実験に参加したのは1月頃のことで、現在はすでにこんな感じの記事が出ています。
いろいろな見え方があるのは、自閉スペクトラム児者でなくともそうでしょうと思います。幼い頃はそれがとても怖かった私ですが、今は面白いです。
見え方にさまざまあるのは当然にしろ、それによる不便をなくす研究や、さまざまな認知の仕方が明らかになるのはとてもいいことだなあと思います。