pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

胡蝶の夢

よく、胡蝶の夢状態になる。

自分の体を抜け出しているような感じ。何も感じないようでいて全部感じているようでもある。

私が特定のある個人(個人ってなんだ?)を「わたし」だと認知しているのはいったいなんなのか。

どうして、体のぶんだけの範囲を切り取って、個別にくくることができるのか。

世界はどろどろに溶けて、どうにも切り分けることなどできそうにない。

 

わたしはあのこではない。

なぜあの子の感覚をわたしは感じないのか?どろどろにとけてしまえば感じられるそれ。

 

世界はいったいどこまで続いているのか。

いきものと、そうでないものは、どうやってわかれているのか。

みんないきているの?みんないきてなどいないの?

死んだらそういうことがわかるのだろうか。

死ぬとはいったいなんだろう?

意識とはどういうしくみなのだろう?

ただの電気信号のはずなのに、なぜこうも実感がともなうのか(いや、伴っていないかもしれない、それは私にはわからない)。

 

あたまがぐるぐる(あたまってなんだ?)。

 

わたしはどろどろの部分でしかないのだ。しくみの一部でしかない。

けれど、どうしてこんなにも頑張ったり、悲しくなったり、するのだろうか?

 

ほかのものものたち(もの?いきもの?ひと?)は?

 

そういえば、閉じ込め症候群の人にも意識があってコンタクトが取れたという記事があった。よかった。ひとつのこわいことが、解決した。

 

ぼーっとしてなんにも考えていないのに、なにか考えているようで

きっとこういうことなんだ

全部を言語化はできないけれど、私の胡蝶の夢

 

あざやかに回るおもちゃ。瓦解する世界。