pluie de météors

もりの思索について綴ったものです。 自閉スペクトラム症。 わわわアール・ブリュット作家です。

「うらやましい」のはあなたの問題

「障害者になりたい」

コメント許可をしませんでしたが、先日のこの記事に「障害者になって手帳をデコりたい」というコメントがつきました。

 

morikanoko.hatenablog.com

 

別に、障害者手帳に限らず、デコレーションできるものは身近にたくさんあるはずです。「デコることができて羨ましい」なら、「障害者になる」必要はないのです。

というわけで、どうやらコメント主の方は「障害者になりたい」のだな、そして、あえてそれを、障害者である私にぶつけてきたのだな、と読み取り、悲しくなりました。強い怒りを覚えました。 

 

こういうことはほおって置くのがよいのでしょうが、まあ割に面白い題材でもあるので、ちょっと考えてみました。

 

障害者だって、人生を楽しんでよい

推測するに、私が「こういう障害があって苦しいです、困っています」というような主張をしたり、記事にしたりするときは、こういうコメントはしないのだろうと思います。

おそらく、私が「障害者手帳(別の、健常者も持っているものだったらまた違ったでしょう)」を「デコる」という、なんとなく「障害者(なのに)が」「楽しいこと」をしていたのが、気にさわったのでしょう。

けれども、まず大切なのは。

私だって、・・・

障害者だって、人生を楽しんでよい

のです。当たり前の話なのですが。

 

楽しそうな障害者にモヤモヤする、健常者

では、なぜ一部の(いわゆる)健常者は、障害者が楽しそうであることにもやもやして、攻撃するのでしょう。

おそらく、攻撃しないだけで、モヤモヤしている人の数は、わりといるのだろうなと思います。

それは、どうも障害者が「ラクをしている、(楽をすることとサボることは違うんですが・・・)(自分たちはそうできないのに、しんどいのに)サボっている、怠けている」と思えてしまう環境に、その人がある。「ずるい」と思えてしまう環境に、その人があるからなのではないでしょうか。

 

では、障害者が苦労したら、その人たちはラクになるのかというと、全くラクになりません。

つまり、八つ当たりです。

その人がしんどいのは、その人の周囲の環境、および、その人自身の問題です

だから、それをなんとかしたければ、その人が人生を楽しみたければ、その人が、なんとか働きかけたり、然るべき機関や人に助けを求めたりしなくてはなりません。

(それが難しい、気づきにくい、ということももちろん問題ではありますが、結局それだって、他人である障害者のせいではありません。また別の問題で、社会全体で解決すべきだ、というだけです。他人を傷つける理由になんか、なりません。)

社会の問題や、その人自身の問題を、ある1人の障害者に当てつけることは、許されません。

みんなで攻撃し合うのではなく、みんなで生きやすくなるほうが得です。

 

もっとよく考えて、みんなが楽になり、人生をできるだけ楽しめるように工夫していきたいものです。ひがみあうのはまっぴら。