とてつもない恥と絶望

恥と絶望の発作

時々襲われる、とんでもなく自分の存在や、自分の性(せいべつ、の意味の時もあれば、さが、の意味の時もある)が恥ずかしく、全ての空気に触れている自分が憎らしく、穴があったら入りたい発作があります。

そして、ほぼ同時に、どうしようもなくいきている絶望を感じます。

それはいつもそこに

といってもそれは別に特別なものではなく、意識しないように努力を払っているだけで、いつも私と一緒にそれはあります。わたしはわたしのすべての動作や言葉が恥ずかしい、居心地が悪い。笑うことも食べることも。気持ちが悪い、恥だ、居心地が悪い、ぞわぞわする。

それをちょっと注意を怠ると、起こしてしまう。

そうすると、恥の発作になります。

基本的に、自分の(体の、こころの、)存在がうとましく、非常に居心地が悪く感じています。

感覚過敏や、身体的な問題もある程度絡んでいるでしょう。

できるだけ起こさぬための擬態「極力なにもしない」

どうしようもないのですが、せめて普段はその存在を意識しないよう、かといって触らぬよう、起こさぬよう、注意を払って生活します。

それが、「極力何もしない」「余計なことは言わない」ということになります。

自分の存在を消す。

ふつうの人に擬態する。(まあ、発達障害に見えないように、おかしなことをしないように、みせないように、我慢する。とか、障害者雇用と知らぬ人に、バレないようにするとか、そういうことですね バレてもいいけどバレるとやはり面倒です。)

擬態は疲れるが、せねば針のむしろ

そういうことで、許された場以外では「極力何もしない」型の擬態をするわけですが、ものすごく疲れます。時々叫び出して全てを壊したくなります。もう終わりにしたいのです。でも、そうできないのです。

 

そして、ときどきボロが出ます。気が付いている限りでは、ときどき。

ちょっと調子に乗って、気を使った、気を利かせたつもりが、ぎこちなく、変になってしまう。そんなふうに。

 

恥と絶望。針のむしろ。凍る空気。痛い視線。

 

もう終わりにしたい。

 

※現在この発作をがんばっておさめているところで、そのために体、手足、動かして、います。もう疲れたよー。もう少しだけ、あと少しでいい、自由になりたい・・・

どうして、こんなに、わたしは、この世に生まれたはずなのに、この世に居心地が悪いんだろう。どうして?