わたしと「性別」

 

というわけでちょっと今かけるだけ書いてみようと思います。

 

 

 別に、身体的な形状が女性といわれるものだった、という部分はかまわないのだが、どうも居心地が悪い。

特に第二次性徴以降の精神や身体、また大衆が想定する精神や身体。

それにあてはまる自分を見つけると、全身かきむしりたくなるような居心地の悪さ、恥ずかしさに近いような感覚がわきあがる。

 

毎月毎月自分が第二次性徴後の女だとわざわざ見せつけられるのもものすごく不快(PMS的なものではなく)で、すごくきらいだ。 

 

もっとフラットに、ベーシックに、淡々としたものでありたい。

きもちがわるくてしんどい。

 

ジェンダーとか、性的マイノリティとか、そういうものでもない(そうかもしれないが、そういうことではないと自分では感じている)。

 

ただただ「居心地が悪い」「身体の乗り心地が悪い」のである。

人間として、もそうで、それはまた別に書きたいのだが、その上に、「女という状態」の乗り心地も、重なってよろしくない。

 

以前、「居心地の悪さ」は、「自分の立ち位置がわからないから」だという記事を書いたし、それはそれであるのだが、それと両立して、「自分の立ち位置(?)」自体が居心地が悪い、というのも、私の中にある。

 

 

morikanoko.hatenablog.com

 

morikanoko.hatenablog.com

 

 自分というものを意識しない状態、過集中の状態や、常同行動をしている状態(★)、というのが、自分の中では「フラット」に近く、よい。

安心するでもなく。

感情というものからも自由に。

存在を忘れて、世界と一体になるように。

 

そういう状態が、ちょっとだけ、よい。と思う。

 

(★)過去記事

 

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