会計での癇癪とその後

会計までの状態

その日、思い起こせば状態は結構よくない状態でした。

前の晩、目が冴えてしまい眠れず、ツイッターを読んで怒りを抑えることができなくなってしまい、さらに眠れず、深夜2時すぎにブログを更新していました。

寝不足の頭と体で、午後から出かける予定のことを考えながら診察に向かいました。

 

診察では、過剰適応についてを中心に話をしたものの、どちらが悪いわけでもなく、うまく噛み合いませんでした。

音声言語での即時会話が苦手な私は、診察が終わってからももやもやと考えてしまうのですが、その言葉を届ける先はなく、一週間も二週間もそれを保持していたら爆発してしまいます。(というか、もうその時点で頭がいっぱいでした)

 

頭がいっぱいの状態になっていました。かつ、意識が向いていませんが、体調も悪かったのでした。

 

会計にて

会計では、次の予約時間を決めます。

そこでの曖昧なやりとりに、私の頭がついていかなくなりました。

それはきっかけにすぎませんが、最後のひと押しとなって、癇癪に繋がってしまいました。

 

心理士さんと話す

心理士さんの予約がしばらくあいていたので、心理の部屋で休み、話をしました。

以前の心理士さんは異動しましたが、現在も心理士さんはいるので、その人です。

 

その中で、上記の流れを一緒に整理してもらいました。

癇癪の涙があらかた収まり、冷静になります。そうして冷静になればなるほど、情けなさ、自分がおかしい、という思いで涙が出ます。だから、ちっともなみだが止まらないわけですが、なんとか話をしました。

 

心理士さんは、上記の流れを会計の人や主治医に説明しても良いか、確認してくれました。私は同意しました。

 

こんなことがないとそう思えないのもなんだかなあという気がするけれど、あ、この人は、信頼するように頑張ってみてもいいんじゃないか、と思えました。

そして、やっぱり自分には診察(診察もおそらく診察としてはながく話をしてくれているが)以外にも、もう少し時間をとって、頭を整理する時間、一緒に整理してもらい、道筋(心理で解決するのか、医師に言う必要があるのか、それとも職場なのか、ケースワーカーなのか、薬剤師さんなのか、とか)をつける時間が、必要なのではないか、と思いました。

 

その旨も心理士さんに伝え、主治医の意見も聞きたかったため、そちらにも伝えてもらうようにしました。

 

今後どうなるかはわかりません。もしカウンセリングを受けることになっても、期待しすぎは禁物だし、頑張る主体は自分だし、完全に理解・対応してもらえると思うのもいけません。

おそらく傾聴されるでしょう。傾聴はとても苦手です。でも、それでもなんとかなるかもしれないと少しだけ思った。だからうまくそういうことも伝えていけたらいいのかもしれません。

 

そのあと、別室が空いていなかったため、そのまた別室で休ませてもらいました。

 

考えるほどに嫌になる

思い起こすとこういう状態は幼い頃からずっと頻繁にあります。嫌な記憶です。

考えれば考えるほど、年齢不相応だし、幼児にしたって激しすぎるし、変です。

とても嫌だ。情けない。こんな自分をやめたい。周囲の呆れた声や怒りの声を鮮明に思い出します。

どうしたら直るの。

 

病院の人はなれているから大丈夫、病院で練習すれば良い、とは言われたけれど。

もやもやします。だってできない。うまくいく道が、まだ見えません。道を見せてよ。無茶を言ってしまう自分がいます。

 

暗い気持ちを引きずって、連休を迎えたくないな。

でもおそらく、次の診察で、主治医や会計の人が私に腹を立てたり、呆れていないか、どうなるか、確かめないと、怖い思いは消えないな(噛み合わなかったことも含めて)。

 

連休はざまの平日は、おそらく、おそろしく忙しい。

何も起こらないといい。平和に過ごしたい。