差別についての覚書

私の中の差別にわたしは無力で、絶えずそちらへ寄せる波を懸命に押し込み続ける必要がある、そんな風に思う。

学び続けること。脳のリソースを投じて、そのものをわかりやすくしてしまわず、そのままそこに在るようにみること。

それは気持ちがざわついて、罪悪感を刺激することもある。とても怖い。

 

けれども、それだけではなく、世の中の差別と、戦ったり、自分や大切な人が差別されたりすることもある。そういうことを怖いと思うことは、ある。

 

そういうことが綯い交ぜになったざわつきを、簡単に差別だ、差別でない、と決めることはわたしには難しい。

けれど、どっちかに決めて安心しきってしまうことは、わたしはしない。

 

絶えず寄せる波を見極め、学び、堰き止め、流れを作ろうとする、教えを請う。

そうやって考え続けることが、アップデートし続けることが、

いまのわたしの、比較的言葉にできていることだ。

 

怖くても、今はそうやってやっていくしかない。

 

 

どうか教えてください。恥ずかしがりながら罪悪感にまみれて抵抗して、それでもわたしはたずねなければならぬ。あなたに。