よのなかについてのメモ

(今の時点で近しいような気がする言葉に置き換えようとしたもの)

 

目を、耳を鼻を、感じるということを、

(さらには言葉というものを、)獲得する以前、完全に世界であった

わたしというものを、すなわち感じるということ、知覚するということを

獲得してしまった

そののちに世界は立ち現れた=私はわたしとなり=世界と引き剥がされた

なんというさむざむしさ!

世界であったとき(それは”わたしが”とはいえない)の恍惚!

すべては同一で、全ては変化し続け、全てはバラバラであった、あのころ!

 

どうして、わたしは、なにかを、なにかだと、知覚し、そのほかから引き剥がし、

それらをまとめ上げることができよう?

不安定なそれを、なぜひとつの場に、時に、フイルムに、落とし込むことができる?

 

やはり、世界は立ち現れてなど、いなかった!

 

恐慌。

 

混沌に放り出される恐怖。

恐怖?

恐怖とは、なにか?

それを引き剥がすことはできない。

すべてはわたしで、わたしは存在しない。

すべてはすべてで、だから、なにもない。

 

回りつづける知覚の、恍惚だけ。

 

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これは詩のようなものであり、記録であり、思考であるので、

noteにも、同じものを投稿します。

 

…どうして、みんな、このよのなかで、わーってならずに生きていられるのか、本当に不思議でならなくない?ということの理由、わたしの世界認識がこういうものに近いということが、ひとつ挙げられる。