ありがたかった「泣き」への対応

そっと、触れずにいてほしい

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わたしはよく泣きます。

うまく「泣く」ことをコントロールできないのです。我慢するのですが。

パニックや怒りや悲しみやどうしようもない感覚がすぐに身体中にいっぱいになってしまいます。

 

私の場合、そういうとき「どうしたの??!」とか、「泣いてるの?!」とか、そうやって大騒ぎされると、余計に「ああ、迷惑になっている」とか、そういう気持ちがないまぜになって泣き止むことが難しくなります。近すぎる距離感で詰め寄られるのもつらいです。(そういう人も、心配しているのであって、悪気がないのはわかるので、非難しているわけではなく、私の体質の説明をしているだけです)。

 

ありがたかった、ありがたいなと感じるのが、上記のような対応や、「放っていてくれる」「触れないでくれる」ことです。

 

もちろんそれを強制するつもりも、期待するつもりすらありません。

ところがそういうありがたい対応を、自然になのか意識してなのかわかりませんが、ふいに職場で、受けて、驚いてとてもありがたく思ったので、記録しておくことにしました。

 

「泣く」ということは、「大人なのだから」「わがまま」だと思われるかもしれませんが、実際のところ、そういうものでもなく、どうしようもなくコントロールし難いものです。

少し時間をほしいと思います。少しの間放っておいてほしいのです。

余裕のない時間の中では難しいかもしれませんが…

できれば、そういう人も世の中にはいるんだなあ、くらいにぼんやり記憶の隅に入れてくれると嬉しいし、入れられなくても「自分では想像もつかないことが他人には起こっているということがふつうにありうるのだなあ」程度には、信じてほしい、くらいは願ってもいいでしょうか、と思います。