2020年冬前期の日記

そろそろ写真がたまってきたので日記を書きます。

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お裁縫はやはりnunocoto fabricさんのレシピでスリムボディバッグ。

book.nunocoto-fabric.com

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ダーニングもぼちぼち。

犬の服はやぶれがちなので、練習になる。

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デジタル耳栓の最新版(MM3000)を購入してお試し。

なかなか外に出ないのでゆっくり試します。

 

生活改善はコンタクトレンズをバラバラにしてDAISOの綿棒ケースに入れた。

以前は同じようなケースが無印良品にあったのだが現在見つけられなかった。

基本的にケース類は不器用ゆえに仕切りのないものが好きなのだが、左右で度数が違い、また2つケースを用意すると片方を紛失したり、バラけたりしそうだと思ったのでこればかりは仕切りのあるタイプがいいと思った。

www.kingjim.co.jp

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運動は続いていて、毎日リングフィットアドベンチャーをやっている。

パジャマでは少々滑りやすかったので、一番手頃であったユニクロのレギンスとシャツを導入した。

気分もよく、運動しやすく、値段も手頃で気に入っている。その他のいわゆるヨガウェアもおしゃれなのだが、私には手が出ない値段のものが多い。

 

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お楽しみは植物を増やした。球根のあるものは初めて。花が咲いてくれてうれしい。

サイゼリアはメリンガータの季節になったのでうれしいし、カルディでも写真のようなメリンガータが販売されていることを知りさらにうれしい。メレンゲ菓子が好きだ。

クリスマスは平日であったため、あまり頑張らずにコンビニのケーキで済ませたが、家族も購入しており、二種類を食べ比べたので結構面白かった。

冬には珍しく久しぶりに足の爪もネイルを塗った。

最近はラメの入った白いものを使っていたが、今回は赤色にした。

 

鑑賞関係は、「呪術廻戦」と、「進撃の巨人final」を見ている。呪術廻戦は漫画を購入。

お世話になっている会で、「鬼滅の刃」の感想会があり、楽しんだ。

思ったより自分がちゃんと読んだり見たりしており、知識になっていることがわかって不思議な気持ちになった。とても意外。人と話すのはいいなあ。自分でも思ってもみない言葉が自分から飛び出したり、当然思ってもみない見方をしている他人の言葉を聞くことができる。

もう少しいろいろインプットしたいが、なかなか。

 

年末はある程度気分が乗っているときにでも掃除を行いたい。

 

こうして下記並べてみると、結構生活していて面白いと感じる。

 

2020年秋の日記

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視覚過敏(まぶしさ・羞明)を和らげるためのメガネを新調した。

とても軽いフレームを選び、調整してもらうと、メガネをかけている不快感が今までよりかなりおさえられた。

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誕生日にもらったスターバックスのチケットを使ったので、より一層おいしいラテだった。また、グミ「コロロ」のスペシャルバージョンギフトもいただいた。

いろいろな地方にばかり友だちがいる(地元にあまりいない)のは、今のご時勢、さみしい部分もあるが、ときおりの交流がとてもたのしく、ありがたい。

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フェリシモの「ダーニングレッスン」をはじめた。

まだ少ししかできていないが、教えてもらうと、独学では力づくでやっていたところがきれいにできる。やり方は良し悪しで、いろいろあって、人による。

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nunocoto fabricさんのレシピと布、家にあったマスクの余り布でエコバッグを追加で製作した。

青いものが追加分で、少し大きいお弁当が入るサイズ。

水色とアイスクリーム柄のものは春に作って愛用している標準サイズ。

じゃぶじゃぶ洗えてざっくり作ってもある程度形になり、かわいいので、衝動性に負けて準備が不十分なまま作り始めてしまう傾向のある私にやさしい。

 

www.artpara-fukagawa.tokyo

「アートパラ深川おしゃべりな芸術祭」の公募展で入選した作品を展示していただいた。

最近、作品がかえってきた。

Instagram等に作品を公開した。とてもうれしい。

ツイッターInstagramで交流のあるTさんが作品を直接見に行ってくれ、感想をくださった。とてもうれしく、力になる。

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ピクニックに参加させてもらい、風通しのある外でお菓子を買ってたべたり、距離を取りながらいろいろなことを直接話したり、バドミントンをしたり、シャボン玉をしたり、シャボン玉をバドミントンで打ったり、バドミントンをシャボン玉でじゃましたり、お花の工作をした。

大人になってからも外で遊べるような交流が持てるのがふしぎなような気がする。私はありがたく思う。

自分が大人という存在になれる(年齢的に)と思っていなかったので余計に不思議なのかもしれないけど、そうでなくともやっぱり貴重だと思う。やりたいことや欲しい物をちゃんと手を伸ばし声を出して求めるようでありたい。

 

また、ニンテンドースイッチのリングフィットアドベンチャーセットを定価・公式で購入できた。

裁縫もごくたまに、絵もぼちぼちと描いており、仕事もわりと忙しく興味深く、アマゾンプライムで映画やアニメを見ることを覚えつつある(鬼滅の刃、ハイキュー、弱虫ペダル蟲師、呪術廻戦、僕のヒーローアカデミア、Dr.ストーン、はたらく細胞宝石の国聖おにいさん、キングダム、亜人ちゃんは語りたいゴールデンカムイ電脳コイル銀の匙約束のネバーランド500ページの夢の束、ソング・オブ・ザ・シー、ハクメイとミコチどろろ聲の形しろくまカフェ動物のお医者さん進撃の巨人途中、などを今年度に入ってから見た。書き出したらものすごく見ていた。うれしい。)ため、今後さらに忙しくなるだろうと思う。

頭と体を休めつつ、欲望にはそこそこ忠実に、お金は大切に、余暇は常にたっぷりと生活したい。

 

あまりにも更新していなかったので写真をたよりに秋についての日記を書いた。

なにかあれば記事を書くかもしれないし、次も日記かもしれない。

 

カウンセリングを卒業しました

数ヶ月前からそうするべきだな、と思っていたのですが、このたびカウンセリングの枠を卒業しました。

 

なんとなく大丈夫な感じがしたからです。

 

実のところこんなに急な卒業だというのは少々意外で事情があるからなのですが、それはそれとして、なんとなく大丈夫だという気がします。

心理士さんも、以前一度卒業したときは「なにかあったらまたお声がけください」というような言い方だったのですが、今回は「もりさんなら大丈夫だと思います」と言いました。

 

急なことで時間がなかったのでかなりさくさくと近況などを話したのですが、それがかえって良かったようでもあります。

 

COVID-19感染症に関わる不安

これについては一応報告として、それなりに負荷があり、主に経済的な不安を要因として「家族がひどいめにあって帰ってくる・または帰ってこられない」という想像を頻回にしてしまうことを伝えました。

ただ、まあ、どうしようもないことも自分でわかっており、それなりにやり過ごして、楽しいことでできることはがまんしないようにしています。

 

治療すること、介入すること

それがその時点でどんなに自覚的であろうと「あなたをわかっていますよ」「私は”普通”側で、あなたは”普通じゃないから直される”側ですよ」、という「分析の侵襲」をはらんだ暴力性のあるものであるということの自覚について。

ただ、ある程度介入してからでないと「意味以前」というものを認識するには負荷が大きすぎることもあるというところが難しいな、と話しました。いまの社会で本人が死ぬ前に社会が本人に完全にフィットすることはないであろうことを踏まえたストラテジーとしての適応というのも、ラクするために必要であって、うまくスイッチするにはけっこう認知的な体力・胆力(本当に体力として必要だと思う)が必要でもあるし…。

 

「治療されない私」にもどる時間を作っている

これは少し言葉を尽くしました。

認知をとっぱらう、言葉を、りんかくをとっぱらって、いわば「ものすごい感覚の嵐のなかに、あえて自分を放り込む、というより、自分さえも輪郭はなくなり、存在しなくなる状態に置くこと」を、時々やること。

そうしなければ、どんなに社会に適応しても、私にとってすべて生きている意味がないと感じることを。

かんたんにすることは、すごくきもちいいけど、すごく、自分にとって一番大切、がこぼれ落ちて不快であること。

こんなことをあえてするのはすごく変かもしれない、ばかばかしいかもしれない、適応できるならしちゃえばいい、苦しまなくていい、という考えだってある。

でも、適応すると私は悲鳴をあげてしまうんです。「苦しくない!死にたい!」って。

なんにもないからぜんぶあることに、さらされなくては、と思う。

それは自分の中の差別に抗い続けることにも似ているし、感情の言語化ができない、知覚統合が弱いことにも類する。

 

それを無理に「治療」しようとしないで、ある程度そういうことができる余力があるように調整するのを、支援者さんたちには、手伝ってほしいと思うこと。わたしはふつうのひとだけれど、狂ってしまうことをやめないという選択をしていて、狂うことで狂わないようにしている、狂うことで、消えることで、死なないようにしていることを、理解できなくても、知って、そのままにしてほしいと思うこと。

 

私は偉い話

心理士さんより:「あなたのような人が学校を出て、なんとかお金を稼いでいる、というのはものすごく大変なことだと思います。とてもすごいことです。」

 

インチュニブとメラトベルはかわいい話、今後どこでする?

インチュニブはフォントがかわいいし、メラトベルは芽が出てるベルでかわいい、と話したら「インチュニブはグアンファシンのことだから、僕らはGXRと略称していて、だからバイクみたいだと思ってた。そうとるのかー、かわいいかー」と言われた。急にフォントが角が立ってごつくなる!

…と、こういう「発達障害の知識が必要で、構えずに、でも悲観せずに、当事者性ともまた違うかたち」で、いろんな愉快な話ができる場、今後も持ちたいと思います。こういうのが私は楽しいと思うから。

これはちょっと課題です。

いまある関係を十分に楽しんで、かつ新しい関係を増やすのは体力的にけっこう厳しいので、なかなかどうして、といったところ。

こういう話したいひと、どんどんしてください〜。

 

「なんにもしないで月々小金がほしい」の曲

これはカウンセリングでは話しませんでしたが、この曲を歌って踊れる自分、というのがかなり「うまくやれている」ポイントになっているきがするので一緒に記録しておきます。すなわち、

・いやいや働いていることを素直に表現できること(「たのしい!」と感じなくてもいいよ、ということ)

・自分の気持ちを、道徳的でなくても、「わたしすき、わたしきらい」と独り言でも口に出せること

というものです。

小難しい技術よりむしろしんどい部分がありますが、その分効果はばつぐんに出る可能性があります、私にはよく効いた気がしています。証拠はひとつもないけど。

 

いろんな話を早回しでして、心理士先生はそれを「はっはっは、いいねえ、もっとやれ〜」と笑って聞いてくれました。

 

いやー、きっと大丈夫です。

言えないもろもろは心に留めつつ、卒業!